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大阪地方裁判所 昭和55年(わ)6231号 判決

被告人 土井喬 ほか一人

主文

被告人両名をそれぞれ禁錮一年に処する。

被告人両名に対し、この裁判確定の日からいずれも二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は、その二分の一ずつを各被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人土井喬は、大阪府枚方市池之宮三丁目五番一号に本社を置き、同所にある本社工場ほか一ヵ所に工場を有し、繊維用糊剤、柔軟剤、金属工作油剤等の製造販売を営業目的とするユシロ化学工業株式会社(資本金二億円)の製造部に所属し本社工場生産技術課長代理(課長は空席)として同会社技術研究所で研究開発し同所で製造仕様書、研究報告書等を作成している新製品につき同社で制定している製品初期管理規定に基き量産化するに必要な製造技術及び製造設備の調査、研究、試作等を実施し、初期量産のための製造方法を策定し、作業標準書を作成してこれに基き担当者をして製造に当たらせる等の業務を掌理していたもの、被告人村山昌和は同課第二係長として、被告人土井を補佐し、前同様の業務に従事していたものであるが、被告人両名は同会社技術研究所が製品の低価格化を目的として新規に研究開発し、同会社において量産化を計画していた製品名「ソルガムEX五五〇」二、〇〇〇キログラムを本社工場内第六工場に設置された容量五、〇〇〇リツトルのC六一二号反応釜を使用して製造するに際し、右「ソルガムEX五五〇」がアクリル系の高濃度糊剤でありこれまで同会社で製造して来た「ソルガムSW八〇二」や「ソルガムHV五」よりも濃度が高いうえその製法も原料であるアクリル酸メチル等(単量体であるのでモノマーともいう)を反応釜に仕込み、これに溶剤であるイソプロピルアルコールと反応開始剤である過酸化ベンゾイルを加え蒸気加熱しながら攪拌し、その際、仕込原料の沸騰気化蒸気を反応釜に付置されたコンデンサーで冷却凝縮させ釜内に還流循環させることによつて重合反応熱を除去し、反応温度を仕込原料の共沸点で制禦しつつ重合反応を起こさせるいわゆる溶液重合法によつて製造するものであつて、右製造に際し仕込原料の反応熱量が反応釜の冷却熱量を超える等温度管理を誤まれば、釜内において仕込原料の反応熱が増大し温度制禦が困難となり反応釜から仕込原料の気化した可燃性ガスが噴出し外気中で火源に触れ爆発する危険があり、かつこれを認識していたのであるから、被告人両名としては、あらかじめフラスコ実験等により、「ソルガムEX五五〇」の反応特性、特に製造過程における総発熱量、反応速度、単位時間当たりの発熱量を検討し、かつ製造に使用するC六一二号釜のコンデンサー等の冷却能力を調査検討して「ソルガムEX五五〇」二、〇〇〇キログラムの製造に伴う安全性を確認したうえで製造に着手するなどして前記のような爆発事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、いずれもこれを怠り、「ソルガムEX五五〇」が従来製品化されていた他の高濃度糊剤と特段変わつたものではないと安易に考え、仕込原料の反応熱量や製造に使用するC六一二号釜の冷却能力について十分な調査検討を行わないまま単に攪拌状態の検討を中心としたフラスコ実験や構造の異なるコンデンサーを付置したC六〇九号反応釜で試作をしたのみでC六一二号釜を使用し「ソルガムEX五五〇」二、〇〇〇キログラムの製造に着手することにし、被告人村山において仕込原料の数量、製造方法等を記載した製造作業標準書を作成し、被告人土井においてこれを承認したうえ本社工場製造課員をして製造させた過失により、昭和五三年九月五日午前八時三〇分ころ同課員が、作業標準書の記載に従つてC六一二号釜にアクリル酸メチル約一、一六一リツトル、アクリル酸約六一リツトル、メタアクリル酸約二一キログラムを仕込み、これにイソプロピルアルコール約五〇七リツトルを加え、かつ右作業標準書の記載に従つてこれを攪拌しながら加熱し、さらに過酸化ベンゾイル約一二キログラムを加える等して、「ソルガムEX五五〇」二、〇〇〇キログラムの製造を開始した結果反応温度である摂氏七六度に達して間もなく仕込原料の単位時間当りの発熱量がC六一二号釜のコンデンサー及びジヤケツトの冷却能力を上回り、C六一二号釜内の温度及び圧力が上昇して反応速度を速める等の異常反応を引き起こし、その急激な圧力上昇のため、C六一二号釜のコンデンサーや配管の継目部分を破損し、アクリル酸メチル、イソプロピルアルコールなどの可燃性ガスをその破損箇所から釜外へ噴出させ、同日午前九時二六分ころ、噴出した可燃性ガスが第六工場内のコンプレツサーのマグネツトスイツチ又はフオークリフトの電気系統のいずれかから発生した火花に触れて爆発するに至らせ、よつて、右爆発に伴う高熱及び爆風等の衝撃により、同工場内で作業中の川崎良幸(当時四二歳)に頭蓋骨骨折等の傷害を負わせ、即時同所で死亡させ、同じく山本三郎(当時五二歳)に全身熱傷の傷害を負わせ、同年一〇月三日午前四時二〇分、大阪府寝屋川市八坂町二三番二一号松島病院で、右傷害に基因する消化管出血により死亡させたほか、別紙一覧表記載のとおり、山口芳幸ほか三〇名に同表記載の各傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)(略)

(過失の認定に関する判断)

一  本件爆発事故の原因

本件爆発事故の原因は、既に判示したとおり、C六一二号釜のコンデンサー及びジヤケツトが「ソルガムEX五五〇」二、〇〇〇キログラムを製造するに際して生ずる重合反応熱を除去するだけの冷却能力を備えていなかつたために、同釜内で異常反応が起こり、急激な圧力上昇のためコンデンサーなどが破損し、その破損箇所から噴出したアクリル酸メチルなどの可燃性ガスが引火爆発したというものであるが、本件「ソルガムEX五五〇」二、〇〇〇キログラムの製造に際し発生した反応熱量及び製造に使用したC六一二号釜の冷却能力について検討してみるに、前掲柴田想一、松本文之両名の共同作成にかかる鑑定書によれば次のことが認められる。すなわち、

(一)  「ソルガムEX五五〇」は、これまでユシロ化学が溶液重合法によつて製造していた高濃度のアクリル系糊剤である「ソルガムSW八〇二」、「ソルガムHV五」等よりさらに濃度の高い(約六〇パーセント)ものであり、これを二、〇〇〇キログラム製造する場合に発生する総重合反応熱量は約二七五、〇〇〇キロカロリーであり、前記「ソルガムSW八〇二」が約二〇万五、五〇〇キロカロリー、「ソルガムHV五」が約一四万七、五〇〇キロカロリー(いずれも二、〇〇〇キログラム)であることに比べて大きく、かつ、右のいずれよりも反応速度が著しく速い関係で最も安定した反応状態下における単位時間当たりの重合反応熱量(いずれも二、〇〇〇キログラム)は、「ソルガムEX五五〇」の場合が約六六万キロカロリー毎時であり、「ソルガムSW八〇二」が約一二万三、二五〇キロカロリー毎時、「ソルガムHV五」が約一三万二、七五〇キロカロリー毎時であることに比し約五倍近くに及んでいること。

(二)  次に、C六一二号釜のコンデンサーは、公称伝熱面積二〇平方メートルのスパイラル型コンデンサーであるが、渦巻型の構造のため、自然還流で循環する蒸気側流路の圧力損失(蒸気の流れに対するコンデンサーの抵抗)が大きく、伝熱面積の全てが冷却に関与しなくなり、その分だけ冷却能力が低下する欠陥を有しているから、この点を考慮した場合、右コンデンサーの冷却能力は約三五万八、〇〇〇キロカロリー毎時(冷却水量は本件事故当時と同じ二〇立方メートル毎時とする)であり、また、C六一二号釜のジヤケツトは、上下二つに分かれているが、それぞれの冷却能力は、上ジヤケツトが約一一万九、〇〇〇キロカロリー毎時、下ジヤケツトが約一二万四、〇〇〇キロカロリー毎時(冷却水流量は供給能力限度である各一〇立方メートル毎時とする)であるから、C六一二号釜の最大冷却能力は約六〇万一、〇〇〇キロカロリー毎時であること。が認められるのであつて、以上の事実関係に徴すれば、C六一二号釜で溶液重合法により「ソルガムEX五五〇」二、〇〇〇キログラムを製造すれば、C六一二号釜の冷却能力は最も安定した反応状態下において発生する反応熱量にも及ばないことが明らかであり、冷却能力を超えた熱量が反応釜に蓄積し、原料モノマー等の蒸気が凝縮されず、釜内の圧力が上昇する結果惹起することは避けられないから、結局本件事故発生の原因は製造に使用したC六一二号釜の冷却能力の不足と考えざるを得ない(なお右の冷却能力は、冷却水の汚れ係数を〇・〇〇〇四とし算定したものであるが、弁護人提出の前掲「C六一二号釜及び二〇m2スパイラルコンデンサー冷却能力一覧表」によれば冷却水をよりきれいなものとし、この係数を〇・〇〇〇二として計算しても、最大冷却能力は約六三万五、〇〇〇キロカロリー毎時にとどまることが認められ、「ソルガムEX五五〇」二、〇〇〇キログラムの発熱量に及ばないことが明らかであり、また、右の単位時間当たりの発熱量は、「ソルガムEX五五〇」が安定した正常な状態で反応した場合の数値であり、攪拌が不足して熱が十分逃げないことなどで反応が激しくなると、単位時間当たりの発熱量は右の値よりも大きくなることが明らかである。)。

二  被告人両名の予見可能性について

そこで、冷却能力が不足することについての被告人両名の予見可能性について検討すると、前示のような「ソルガムEX五五〇」の原料モノマー等の共沸点で反応温度を制禦する溶液重合法では、製法自体から重合反応熱の除去のための冷却が非常に重要な役割をはたすものであるというべきところ、前掲証拠によれば、昭和五一年一一月、C六一二号釜で「ソルガムHV五」四、〇〇〇キログラムの製造中に異常反応が起こって、爆発事故には至らなかったが、原料モノマー等が大気放出管から噴出する事故があり、当時、生産技術課では、その原因を冷却水の不足あるいはコンデンサーの汚れによる冷却能力の低下と考え、コンデンサーの清掃をし、「ソルガムHV五」の製造量を一回三、〇〇〇キログラムに減らしたということがあつたこと、その以前においても、C六一二号釜を新設した昭和四七年に被告人村山が右「ソルガムHV五」の製造をした際、当時設置されていたコンデンサーの伝熱面積が五平方メートルと小さかったため、右同様のモノマー噴出事故が起こったこと、さらに昭和四六年、高濃度糊剤「LX一六〇一」を一般糊剤用の釜で試作した際、釜の温度が異常に上つたという事故があつたことの各事実が認められ、このような事故の経験があるのであるから、被告人両名を含めおよそユシロ化学において高濃度糊剤の製造に関与する者は製造の過程において発生する反応熱の管理が重要であることは十分知つていた筈であり、したがつて一般的に反応釜の冷却能力如何によつては反応温度の制禦が困難となるものであることについては十分承知し得たものと解するのが相当である。

しかも本件において弁護人は、本件「ソルガムEX五五〇」はこれまで量産出来ていた他の高濃度糊剤と比較して新規なものではなく、また、本件「ソルガムEX五五〇」についてはフラスコ実験や試作の段階での製造に成功しているから本件のような結果発生について被告人両名に予見可能性がないと主張しているけれども、かえつて前掲証拠によれば、本件「ソルガムEX五五〇」は、従来の高濃度糊剤に較べてモノマー濃度が高く、溶媒であるイソプロピルアルコールの割合が低くて反応速度が速く、現に技術研究所から送付された製造仕様書には、「約一時間は激しく反応が進むため特に発泡に注意されたい」旨の記載があり、「ソルガムEX五五〇」の反応が激しいことに注意を喚起していたこと、生産技術課員丸山博司の行つたフラスコ実験では発泡が激しく、フラスコの八分目程度まで発泡したこと、同人の行つた第一回目のC六〇九号釜での一〇〇キログラムのプラント試作において、ジヤケツト冷却をしなかったとはいえ、急激な発泡により内液が上昇して釜の上部にまで達し、コンデンサー部分にモノマー臭があり、出来あがつた製品の濃度が技術研究所の要求値を下回つてコンデンサーの冷却能力不足によるモノマー蒸気の一部流出があつたものと推測され、同人がその旨を報告書に記載していたこと、被告人土井はこの報告書を見て、C六〇九号釜のコンデンサーの伝熱面積の確認と汚れ状態の点検を指示したことの各事実が認められるのであつて、以上のような事実関係に徴すれば、被告人両名において、「ソルガムEX五五〇」二、〇〇〇キログラムをC六一二号釜で製造した場合、反応が激しくて冷却能力がその重合反応熱を吸収しきれない事態に至る場合のあることを予見することが可能であつたといわなければならない。

弁護人は、被告人両名は、C六一二号釜のスパイラル型コンデンサーの蒸気側流路に圧力損失が生じ、二〇平方メートルの伝熱面積の全てが冷却に関与せず、冷却能力が低下するという構造的欠陥があることは予想することが出来なかつたのであり、伝熱面積一平方メートルのコンデンサーが付置されたC六〇九号釜で一〇〇キログラムの試作に成功していたのであるから、二〇平方メートルの伝熱面積のコンデンサーが付置されたC六一二号釜で試作時の二〇倍である二、〇〇〇キログラムの「ソルガムEX五五〇」の反応の調整、制禦ができると思い込んでいた被告人両名には、本件爆発事故の予見可能性がなかつた旨主張する。

しかしながら、本件の証拠関係を検討しても被告人土井がC六一二号釜での製造量を二、〇〇〇キログラムと決めたのは、五〇〇キログラムの注文があつたため、C六〇九号釜では数回に分けて製造しなければならないので、C六一二号釜の最低製造可能量の二、〇〇〇キログラムにしたというだけのことであつて、C六〇九号釜とC六一二号釜のそれぞれの冷却能力を比較検討したうえ製造量を決めたという形跡はなく、そもそも、発熱量、冷却能力のことは、被告人両名やC六一二号釜での製造が可能である旨の報告書を提出した丸山博司の念頭に全くなかつたし、仮に、被告人両名がC六一二号釜の伝熱面積二〇平方メートルのコンデンサーはC六〇九号釜の伝熱面積一平方メートルのコンデンサーの二〇倍の冷却能力があると判断したとしても、C六〇九号釜のコンデンサーは多管式であり、C六一二号釜のコンデンサーはスパイラル型であつて構造が異なり、スパイラル型コンデンサーの渦巻型の構造の中を流体が通過する場合には、その正確な数値はともかく、圧力損失が生じ、それがコンデンサーの冷却能力を低下させること、さらに、コンデンサーの冷却能力は、単に伝熱面積だけで決まるものではなく、冷却水温、冷却水量、伝熱部分の伝熱係数が影響するということは、工場技術者たる被告人両名にとつて当然知り得べき事柄と考えられるから、伝熱面積の比較だけからC六一二号釜の冷却能力を推測したこと自体極めて軽率といわなければならない。

三  結果回避義務について

検察官は、「被告人土井及び同村山としては、同製品(ソルガムEX五五〇)の実験試作を繰り返し実施して製造工程に関するデータの集積と解析を行い、反応開始後の昇温速度、断熱温度等製造工程の最適条件を確立させるとともにその製造に使用する反応釜の構造、冷却能力等製造設備の安全性についても調査検討を加え、同製品の製造に伴う安全性を確認した上で製造を決定し、かつ、初期量産に当つては被告人らにおいて直接これを指揮するなどして爆発事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務がある」と主張しているが、右の主張は要するに、(1)製造工程の最適条件を確立させる義務、(2)設備の能力面での安全性の調査義務、(3)本件製造について直接指揮する義務の三つの注意義務を骨子にしているものと解されるところ、本件においては前判示のとおり右(2)の設備の能力面での安全性の調査義務(その前提となる「ソルガムEX五五〇」の発熱量などの反応特性の調査義務も含む)を肯認することができるものの、右(1)の製造工程の最適条件を確立させる義務、右(3)の直接指揮する義務の懈怠は本件の過失にはならないと判断したので、その理由を説明する。

まず、本件「ソルガムEX五五〇」二、〇〇〇キログラムの製造方法の策定、作業標準書の作成に不十分な点があり、製造時に立会、助言をしなかつたことが過誤であることは、被告人両名の自認するところであり、生産技術課における「ソルガムEX五五〇」のフラスコ実験、プラント試作のやり方が本来の職責に照らして極めて不十分で、C六一二号釜での「ソルガムEX五五〇」二、〇〇〇キログラムの製造が全く手さぐりの状態で行われていたことは、証拠上十分に窺えるところであるが、本件記録を仔細に検討しても、製造工程の最適条件が確立せず、被告人両名が策定した作業手順に誤りがあつたため、あるいは、被告人両名が本件製造に立会つて直接の指揮をしなかつたために本件爆発事故が発生したという因果関係を認めるに足りる証拠はない。前記のとおり、本件爆発事故は、「ソルガムEX五五〇」二、〇〇〇キログラムの重合反応に伴う発熱量に対してC六一二号釜の冷却能力が不足していたという設備面の不十分さが原因で発生したものであるから、プラント試作までの段階で、最も適切な昇温速度、断熱温度、冷却温度などの作業手順を確立し得たとしても、また、被告人らが本件の製造に立会つて指揮をしたとしても、プラント試作に用いたC六〇九号釜と異なり冷却能力が不足するC六一二号釜では反応温度を制御することはできなかつたと考えられ、結局結果の回避可能性がないから、右義務違反は本件の過失ということはできない。

次に、製造設備の安全性に関し「ソルガムEX五五〇」の反応熱量とC六一二号釜の冷却能力の調査義務について検討すると、本件のような溶液重合反応において、反応温度の制御、そのための冷却は安全対策上極めて重要な事項であり、ユシロ化学においても、それなりに注意が払われていたことは、断熱温度やジヤケツト冷却の開始温度が重視され、それが作業標準書に記載されていたことからも窺い知れるところであるが、そうであれば、反応釜が反応温度を制御するための冷却能力を十分備えているかどうかは、さらに基本的かつ重要な事項であつて、特に、緊急遮断装置の設備のないC六一二号釜においては、冷却能力の不足が本件のような爆発事故に直結し、作業員等の生命にかかわることは見易い道理であるから、冷却能力のことに思いを至し、その点に不安を覚えれば、冷却能力が反応に対応できるものであるかどうかの調査を尽すことは必要不可欠であり調査を尽さなければ製造をさしひかえるべきである。そして、被告人両名が所属していた生産技術課が、右の点の調査検討をする業務を担当していたのであるから、被告人両名に「ソルガムEX五五〇」の反応熱量及びC六一二号釜の冷却能力を調査し、本件製造の安全性を確認する義務があつたことは明白である。

被告人土井は、ユシロ化学には、本件爆発事故当時、「ソルガムEX五五〇」の反応熱量やC六一二号釜のコンデンサーの冷却能力を計算する能力がなかつた旨弁解するが、業務上過失致死傷罪における注意義務の程度は、その業務に照らして要求される水準、すなわち、本件では製造工程における安全の保持という生産技術課の職責にふさわしい水準が要求されるのであるから、単に被告人両名に結果回避の能力がなかつたということだけでは免責事由にならず、現にユシロ化学では、本件爆発事故後、従業員が、熱量関係についての知識を習得して万全を期しているというのであるし、社内で直ちに賄えない技術的事項については、専門家の手を借りるなどして対処すべきであつたというべきであるから、本件事故当時ユシロ化学において、発熱量や冷却能力を数量的に算出する能力がなかつたことを右注意義務を免れる理由とすることはできない。

四  以上説示したとおり、被告人両名は、いずれも本件爆発事故に関し、結果発生の予見が可能であり、これを未然に防止すべき業務上の注意義務を負つていたにもかかわらず、その回避措置を怠つたものであるから、業務上の過失責任を免れることができない。

(法令の適用)

被告人両名の判示各所為はそれぞれ刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するところ、以上は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条によりいずれも一罪として犯情の最も重い川崎良幸に対する業務上過失致死罪の刑で処断することとし、所定刑中それぞれ禁錮刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人両名をそれぞれ禁錮一年に処し、後記情状を考慮して同法二五条一項を適用して被告人両名に対し、この裁判確定の日からいずれも二年間その刑の執行を猶予することとし、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文によりその二分の一ずつを各被告人に負担させることとする。

(犯情について)

被告人両名は、本件において、その製造にかかる「ソルガムEX五五〇」が新製品であり、かつ、製造過程において多量の可燃性ガスを発生させるもので、外気中に噴出して火源に触れれば爆発し重大な結果を惹起する危険性の高いものであるのに、単にこれまでの同系統の高濃度糊剤が量産化できたからといつてより高濃度の本件製品について反応特性の科学的分析や製造設備の調査などおよそ右のように製造上危険を伴う製品の製造を担当する技術者として当然心得るべき基本的検討を怠り、ユーザーからの発注を契機に漫然その製造に着手したため、多量の可燃性ガスを噴出させて爆発させ、死者二名、重軽傷者三一名の重大な結果を惹起させ、さらに加えて工場建物や近隣住家にも巨額の物的損害を負わしめたもので、既に本件発生に至るまでにも人口密集地における化学工場の爆発事故が多発して一般住民にも深刻な影響を及ぼしていたことを考慮すれば被告人両名の責任は大きく、刑責も重いと考えざるを得ない。

しかしながら本件事故の発生については、業界の販売競走のため新製品を開発するや量産化への技術的検討が終らないうちから商品の宣伝を開始して発注を受けるなどして製造を急ぐ傾向にあつた会社側の経営姿勢と無関係であつたとは考えられないこと、しかるに本件においては被告人両名のみが刑責を問われていること、被告人両名がこれまで技術者として会社の右のような経営姿勢の改善について意見具申をしていたほか、本件については率直に自己の非を認め深く反省していること、本件被害については会社において弁償し被害者もしくはその遺族との間で示談も成立し、また本件を契機に会社側も工場を移転し、かつ、製造方法もより安全なものを採用して事故の再発防止に努めていること等の事情は、被告人両名について有利な事情として斟酌できるので、右の点を考慮し、被告人両名に対しては刑の執行を猶予するのが相当であると認めた。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 山田敬二郎 浅香紀久雄 村田鋭治)

別紙一覧表(略)

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